ステレオタイプの問題点に気づく少年の物語『マイロのスケッチブック』

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【データ】
・作品名: マイロのスケッチブック
・作者: 作/マット・デ・ラ・ペーニャ、絵/クリスチャン・ロビンソン、訳/石津ちひろ
・出版社: 鈴木出版
・発売年月: 2021年10月
・出版形態: 紙の本
・ページ数(作品部分): 36ページ
・サイズ: 縦21cm × 横27.5cm
・絵と文の比率: おおよそ 8:2 1ページ当たりの文字数は70字ほど
・対象年齢: 小学校1年~
・カタカナの有無: あり
・漢字の有無: なし
・ルビの有無: ー
・分かち書きの有無: あり
・縦書き、横書き: 横書き

【作者】
マット・デ・ラ・ペーニャは、ニューヨーク在住の作家。他に『カルメラのねがい』『だいすきなぼくのかぞく』など。
クリスチャン・ロビンソンは、サンフランシスコ在住の画家。主な作品に『空を飛びたくなったら』『きみはたいせつ』がある。
石津ちひろは愛媛県生まれの絵本作家、翻訳家。主な作品に、『おちばのねどこでおやすみなさい』『きょうものはらで』『へそまがりねこマックス』など多数。

【内容紹介】
毎月、最初の日曜日、マイロはお姉ちゃんと二人で、地下鉄に乗って出かけることになっている。お姉ちゃんはなんだか機嫌が悪そうだ。マイロはいつも期待と不安で緊張してしまうので、周りの人の見た目からその人の生活を想像して、スケッチブックに絵を描きはじめた。

〈出版社公式の紹介動画〉

【レビュー】
〈作品の主題〉
マイロは同じ電車に乗った多くの人の人生を想像し絵を描くが、描いたばかりの絵が気に入らなくて、スケッチブックを閉じた。そして窓に映る自分の姿を見た。僕の顔を見て、人はどんなことを想像するのだろうかと考える。
見かけだけで人を判断する問題点と、偏見に気付く少年の成長を描いた絵本。

〈ストーリー〉
序盤のストーリーは絵本によくある、想像力の無限の可能性を描いたような絵本で、それは『アパートのひとたち』や『おちばのねどこでおやすみなさい』に似たものだ。

主人公マイロは人物を観察しながら想像に基づく絵を描く。例えばダウンタウンで慌てて降りるひげ面のおじさんを見て、古いアパートに住み動物たちと暮らす姿を描き、ジャケットを着て真っ白のナイキの靴を履いた白人の少年を見て、馬車に乗る姿や、メイドに迎えられお城の中でシェフに作ってもらった食事を口にする姿を連想しイラストにする。

他にもウェディングドレスを着た一人の女性を見て、新郎との幸せな結婚式を描き、電車に飛び乗ってきたブレイクダンサーを見て、店や街角を歩くダンサーたちが注目を集め、店員や警察にじろじろと見られている絵を描くが、マイロは気に入らずにスケッチブックを閉じる。そして窓に映る姿を見て、自分の顔を見た他の人はどんなことを想像するのだろうかと思いを馳せる。

想像の楽しさを広げる絵本と思いきや、ステレオタイプの問題点を指摘する絵本で、巧みなストーリー展開が読者の心情を動かす。マイロは電車を降りた先で自身と同じ目的地へ歩く、先ほど乗り合わせたジャケットを着た白人の少年を見かける。
マイロは驚き、見かけだけでは、その人の本当のことはわからないと自身の誤りに気付く。

マイロは自身の絵を省みて再び想像する。ひげ面のおじさんは家族と暮らしているかもしれないし、ウェディングドレスを着た女性は同性カップルだったかもしれない。ダンサーたちも立派な家に暮らしているかもと思い至る。
それらはマイロの絵に人種、性別、貧困、格差に基づく偏見があったことの発見で、読者を想像の楽しさから一歩先へ導く。先進性と思いやりに溢れた非常に優れた絵本。

また、作品序盤には小さな疑問やほのめかしが多く書かれている。
なぜ毎月最初の日曜日にマイロはお姉ちゃんと二人で、地下鉄に乗って出かけることになっているのか。なぜマイロは見慣れた電車に乗るのに、期待と不安で緊張してしまうのか。なぜダンサーたちが警察にじろじろと見られている絵をマイロは気に入らなかったか。なぜお姉ちゃんは機嫌が悪いのか。
これらのそれとなく提示された出来事が、物語の終点であるマイロと姉が刑務所で母親と会うシーンで結ばれて、読者に重く鈍い衝撃を与える。

刑務所や罪を犯した人に対する偏見を逆に読者に問う結末で、マイロのように考えを変化させることができるか挑戦してきているようだ。
なぜ母が刑務所にいるのか作品では描かれていないが、子にとってどんな罪を犯したかは、さして重要ではなく、母と会うことと一緒にいる時間が大事であって、そのための物語の焦点であると感じた。

絵本文化の可能性を広げる力強い絵本で、繰り返し読む価値のある作品。

〈絵と文〉
風景や電車内、人物を描いた絵はシンプルだが温かみのあるもの。マイロがスケッチブックに描いた絵は、いかにも子どもが描いたといった具合で、そのやりにいってる感じが少し鼻につくが、特徴は捉えているため読みづらくはない。

文は小説寄りの表現で、漢字無しの絵本にしては大分とっつきにくさはある。ただ序盤に擬音が多く使われているため、導入の助けになる工夫がされている。物語も文学的な要素があり、小説的な魅力を知る一冊目となれる絵本。

一つ気になったのは古いアパートが描かれているシーンで、文章で5階とされている場所が、絵では6階にされていることだ。日本やアメリカなどの国では地上を1階として、ヨーロッパや南米などは0階とするためズレが生じる。しかし、この絵本は舞台がアメリカであるため(地下鉄に星条旗が描かれている)疑問に思った。
一方で、描かれているアパートの絵はマイロがスケッチブックに描いたものである。マイロたちが他国から越してきた人物で、そのマイノリティ性が表現されているとも解釈できる。

〈キャラクター〉
他人をむやみに判断せず、受け入れ、理解することの大切さが描かれている絵本。
マイロの年齢は、5、6歳に思われるが、彼の気持ちを描いた文は大変洗練されており、多少違和感はある。ただ少年が自身でステレオタイプの問題点に気づく聡明な描写に意味があるため、このスタイルが適していると思う。

マイロの内心が書かれた文では母親のことを“おかあさん”と表現しているが、マイロが直接母と会った時のセリフでは“かあさん”と書かれている。この小さな差が物語をより立体的にしているように感じた。

〈製本と出版〉
横長の絵本。文字の大きさはふつう。背景の絵に合わせて黒または、白の字で書かれている。文字が読みづらい箇所はない。

【評点】


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