興味深い世界観と現代への風刺、ディストピア作品『オオカミ県』

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【データ】
・作品名: オオカミ県
・作者: 文/多和田葉子、絵/溝上幾久子
・出版社: 論創社
・発売年月: 2021年4月
・出版形態: 紙の本
・ページ数(作品部分): 40ページ
・サイズ: 26cm
・絵と文の比率: おおよそ 7:3 1ページ当たりの文字数は200字ほど
・対象年齢: 小学校4年~
・カタカナの有無: あり
・漢字の有無: あり
・ルビの有無: 部分的にルビ
・分かち書きの有無: なし
・縦書き、横書き: 横書き

【作者】
多和田葉子はドイツ在住の小説家。ほかに『雪の練習生』『地球にちりばめられて』など。
溝上幾久子は銅版画家。書籍や新聞などの挿絵、装画を多数担当している。
【内容紹介】
オオカミ県出身の"俺"は、兎のふりをする動物たちに興味を持ち、彼らの住む東京へ移住する。兎たちの住む都会で奇妙な噂や嘘に翻弄されながら、"俺"はある目的のためオオカミになる決断をする。不思議で不気味な物語を、美しい銅版画絵で描いた絵本。

【レビュー】
〈作品の主題〉
大変に興味深い世界観と現代への風刺が匠に描かれた絵本。
物語に登場する兎の街東京では、オオカミ県出身の語り手は、自分の出身地を隠す。マイノリティ性を持つ、語り手の悲哀が伝わる。嘘や噂話ばかりのインターネットには、「ステーキを食う奴は田舎者だ」とからかう文章が書かれている。権力に尻尾を振る犬にならず、抵抗するオオカミとなる語り手の決断には、心が揺さぶられる。
〈ストーリー〉
不思議な物語を構築する世界観に興味がそそられる。例えば、オオカミ県は狐や兎の毛皮を東京に輸出し利益を得ている。「オオカミカフェ」では、オオカミの糞を燃料にしてコーヒーを沸かしているし、語り手の母が勤めているのは「バー肉食亭」だ。

権力側が兎(のふりをしている)、マイノリティがオオカミ。しかしオオカミ県では、兎の毛皮を東京に輸出し利益を得ている。この複雑な関係性に作品内での具体的な説明は無いが、おそらくは弱者のふりをした(皮をかぶった)連中を皮肉っているのだろう。

面白いディストピアを描いた物語は、いつの時代に書かれたものであっても、必ず現代に通じるし、読者は自身の環境に当てはめる。
このような世界になってはいけない、しかしなる可能性がどこかにあると危惧しながら読む。そこがディストピアを描いた物語の面白いところだろう。
この絵本もまた、読者の好奇心を引き出す優れたディストピアの物語だ。
マイノリティに対する差別と権力の横暴を、動物と架空の日本を用いシュールでブラックユーモアの利いた警鐘を鳴らしている。
〈絵と文〉
細密に描かれた銅版画の絵は世界観の想像が掻き立てられ、不思議さと奇妙な怖さがあり、物語と非常によくあっていて素晴らしい。

文章はよくある絵本らしいそれとは異なるが、読みやすいし言葉づかいが楽しい。ただ語り手の年齢(アルバイトができる年)や性格からみても、漢字のルビの基準からみても、対象の読者の年齢は高いだろう。当サイトでは小学校4年~とした。

〈キャラクター〉
「オオカミ県の話はしない方がいいんじゃないか」語り手のことを想いバイト先の店主が忠告する。この優しく見えるが残酷な一言は、現代の国籍差別を連想させる。

暗い物語で全体的に晴れ晴れとしないが、語り手は割と前向きな性格でもある。それが読んでて心地良い。また語り手は腐敗した権力に対しテロ行為を企てるが、格差社会の心に積もる怒りが描かれているため、その暴力的な行為にも不思議と納得できてしまう。
〈製本と出版〉
文字の大きさは小さいが、対象年齢の高さを考えると特に問題ではないだろう。背景の絵と字が重なるページがあるが、文字を際立たせるぼかしが加えられているため、読みづらいと感じる箇所はない。

【評点】


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