ノーベル文学賞作家が描く現代社会の問題とうつ病からの回復『迷子の魂』

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【データ】
・作品名: 迷子の魂
・作者: 文/オルガ・トカルチュク、絵/ヨアンナ・コンセホ、訳/小椋彩
・出版社: 岩波書店
・発売年月: 2020年11月
・出版形態: 紙の本
・ページ数(作品部分): 44ページ
・サイズ: 縦27cm × 横20cm
・絵と文の比率: 下記〈作品の主題〉欄参照のこと
・対象年齢: 小学校4年~
・カタカナの有無: あり
・漢字の有無: あり
・ルビの有無: 部分的にルビ
・分かち書きの有無: なし
・縦書き、横書き: 横書き

【作者】
オルガ・トカルチュクはポーランド生まれの作家。ほかに『プラヴィエクとそのほかの時代』など。
ヨアンナ・コンセホはポーランド生まれのイラストレーター。
小椋彩は研究者。専門はロシア・ポーランド文学、比較文学。主な作品に『優しい語り手』がある。

【内容紹介】
忙しすぎて魂をなくしてしまった男、ヤンは、あるとき記憶を失ったため、賢い老医師を訪れる。医師の「魂が動くスピードは、身体よりもずっと遅いのです。あなたはじっくりじぶんの魂を待つべきです」という助言に従い、ヤンは「迷子の魂」をじっと待つことにする。
【レビュー】
〈作品の主題〉
少し珍しい構成の絵本。序盤に1ページ分、物語の文章が記載されている。上記したように、魂をなくし記憶を失った男が、医師の助言に従い、魂を待つエピソードが書かれてる。その後、イラストのみのページと少しの文章が書かれる。男が魂を待ち、魂がゆっくりとヤンのもとへ近づき、再開する様が描かれている。
忙しく働きまわる人生から、いったん立ち止まり、じっと身を落ち着かせることで得られる幸福を教えてくれる絵本。

〈ストーリー〉
過労や長時間労働によるうつ病などの精神障害は、多くの国で共通した現代社会の問題だが、この絵本では魂が迷子になると喩えている。また、ヤンは自分の暮らしをマスで区切られた数学のノートを移動しているみたいだと感じている。表紙を見ると分かるように、この絵本自体が一冊のノートのように作られており、また方眼紙の上に絵と文章が描かれている。

終盤にヤンが待ちに待った魂と出会うと、現代社会の象徴である方眼紙の模様が取り除かれる。ヤンの幸せな生活が始まり精神障害の回復が表現されている。

〈絵と文〉
魂が動くスピードは体よりもずっと遅いため、ヤンは町はずれのコテージでじっくりと自分の魂を待つが、その際、ヤンは多くの植物を育てている。迷子の魂を待ち続ける間、植物は少しずつ成長していくが、この物語において植物は、せわしなさから遠い存在で、その場にとどまり続ける、魂を失わない理想の比喩である。
ヤンと魂が再会することで、植物は部屋中を埋め尽くし、そして外にまで達する。

また、ヤンと魂の再会を機に、ほとんどモノクロで書かれたイラストに、色彩が追加されていく。モノクロの絵があるきっかけにより彩られていく展開はありがちだが、上記したような方眼紙の模様が取り除かれること、植物が成長すること、色彩が追加されることの三点で、ヤンが自己を取り戻したことを表現した流れは非常に魅力的。
〈キャラクター〉
序盤登場するヤンは悲壮感がただよう抜け殻のように描かれていて、精神的に疲弊してしまい記憶を失ってしまった男のどんよりとした鬱屈した心情が伝わる。
終盤の迷子だった魂と再会した彼の達観した目つきと、優しく魂を見守る表情はとても素敵で彼の回復を祝いたい気持ちになる。

〈製本と出版〉
よくある絵本とは構成が異なるが、既存の絵本らしくないという理由で、このような作品を批判することはできない。なぜなら新しいスタイルの誕生と、絵本芸術のさらなる発展へつながる可能性があるからだ。

また、少し難解な絵本だが、漢字の使用やルビの基準からみて、それなりに成長した読者に向けて制作された絵本だから特に問題ではなく、むしろ絵や文章から読み取り楽しむタイプの本の入り口となるような作品。当サイトでの対象年齢は小学校4年~とした。

【評点】


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