原発事故後の被災地の現実を描いた絵本『いぬとふるさと』

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【データ】
・作品名: いぬとふるさと
・作者: 文、絵/鈴木邦弘
・出版社: 旬報社
・発売年月: 2021年3月
・出版形態: 紙の本
・ページ数(作品部分): 31ページ
・サイズ: 縦21.5cm × 横18.5cm
・絵と文の比率: おおよそ 9:1 1ページ当たりの文字数は30字ほど
・対象年齢: 小学校1年~
・カタカナの有無: あり
・漢字の有無: あり
・ルビの有無: 総ルビ
・分かち書きの有無: なし
・縦書き、横書き: 横書き

【作者】
鈴木邦弘は栃木県生まれの絵本作家、イラストレーター、介護福祉士。

【内容紹介】
おじさんと暮らしている犬の“わたし”。大きく大地がゆれて、さいたまに避難してきた。わたしを引き取ってくれたおじさんと一緒に出かける。
なつかしい潮の香り、なつかしい潮かぜ。あれ、ここはゆれた場所。家がたおれたまま、静かで人がどこかへ行ってしまった場所……。
原発事故後の被災地の現実を描いた絵本。
【レビュー】
〈作品の主題〉
犬の目線で、帰宅困難区域など被災地の実際の様子を描いている。
崩壊したままの家屋、誰もいない閑散とした街、猿やイノシシなど野生動物がうろつく道。今被災地がどうなっているかを知らせ、なぜこうなったのか、どうすればいいのかを伝えている。

〈ストーリー〉
原発事故とその被害が描かれている物語で、ガイガーカウンターや汚染土などのイラストが登場する。語り手の犬の“わたし”は汚染土を見て『この黒いふくろはなんだろう』と思い、ガイガーカウンターを見て『ハコがピーピーなっている』と疑問に持つが、絵本作品内で答えは示されない。知識を前提にした絵本で、特に子どもたちに一人で読むことを推奨できる作品かというと難しい。

原発事故後の報道されなくなった実際の環境と、放置され、解決の糸口も見えない被災地の現状の広く知らせるという価値はあるが、解説ありきで絵本としての完成度は低い。

なお、巻末には現地の写真と、原発事故後の経緯が解説されているが、解説を前提とした絵本は一つの作品として完成しているとはいえないし、そのような本が増えると、絵本芸術の発展が損なわれるため、当サイトでは、解説や作者のあとがきを除く、絵本部分のみをもってレビューしている。
〈絵と文〉
背景の絵は原発事故後の現状を伝えるという主題通り、そのありさまを明確に描いている。特にさいたまから始まり、帰宅困難地域を描き、またさいたまに戻るという構成は、きらびやかで暮らしやすそうな都会的な街並みと、被災地の深刻な様子が対比されており巧みな表現に感じた。

文は読みやすく、時おり詩的ともいえる美しい文章もあり、郷愁に基づく切なさが表現されていて、その被害を描いた絵もあって心を打つものもある。

〈キャラクター〉
犬の語りで物語は進む。上記したように美しい文章もあるが、一方で、犬のセリフがあまりに説明的であるため、犬の可愛さを利用し無理に語らせているような不自然さがある。

特に田んぼを求めて走った先で、ソーラーパネルを見た犬の目に涙を描くのは、過剰に感動を押しうるような表現で物語に没入できない。原発事故後の“現実”を描いた作品だが、“非現実”な語りと演出が合っていない。

〈製本と出版〉
文字の大きさはふつう。背景の色に合わせて黒、または白の字で書かれている。文字が背景の絵と重なり読みづらい箇所が一部ある。

【評点】


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