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【データ】
・作品名: かたつむり
・作者: 作/キム・ミヌ、訳/わたなべなおこ
・出版社: あすなろ書房
・発売年月: 2022年3月
・出版形態: 紙の本
・ページ数(作品部分): 37ページ
・サイズ: 縦22.5cm × 横22.5cm
・絵と文の比率: おおよそ 9:1 1ページ当たりの文字数は30字ほど
・対象年齢: 6歳~
・カタカナの有無: あり
・漢字の有無: あり
・ルビの有無: 総ルビ
・分かち書きの有無: あり
・縦書き、横書き: 横書き
【作者】
キム・ミヌは、韓国の絵本作家。本作が初めての絵本。他に『しろいたこ』『ぼくのあかいつばさ』(どちらも未邦訳)がある。
わたなべなおこは、ソウル育ちの訳者。他に『かみになっちゃったパパ』『ダンボール』がある。
【内容紹介】
“おとこのこ”のペダルのない自転車は、お兄ちゃんの自転車みたいに、早く走れない。「ついてきちゃだめだよ」といったお兄ちゃんたちは、どんどん先に行ってしまう。“おとこのこ”は、それでも後を追うけど、「ついてくるなってば」とお兄ちゃんに強く言われ、“おとこのこ”は来た道を引き返すことにする。
【レビュー】
〈作品の主題〉
“おとこのこ”は、帰る途中で、自転車のタイヤが石にぶつかって、土手の上から転げ落ちてしまう。思い通りにならずに悔しい思いを抱える“おとこのこ”だが、かたつむりがゆっくりと木を登っていくのを見つける……。
年齢や体格の違いを理由に、どうにもならない不甲斐なさを感じる“おとこのこ”の、発見と気持ちの変化、成長を描いた絵本。他人と比べずに、自分の力で一歩一歩進むことの大切さが描かれている。
〈ストーリー〉
ストーリーはシンプルだが奥が深い。“おとこのこ”はペダルのない自転車では、お兄ちゃんたちに追いつけず、見放されてしまう。そんな疎外感と悔しさを抱える中、“おとこのこ”は、木を登るかたつむりを見つける。
自分の力でゆっくりと進むかたつむりは、ペダルのない自転車で進む“おとこのこ”のようで、自身と重なって見えたのかも知れない。“おとこのこ”は、かたつむりを追いかけて木を登る。そこで沈みゆく夕日と雲を目の当たりにし、衝撃を受ける。
よく宇宙に行くと「価値観が変わる」なんて聞くけど、それはきっと宇宙から地球を眺めて、自分の人間関係なんかの悩みが、ちっぽけなものだったと気づくといったところだろう。
“おとこのこ”の「価値観が変わる」瞬間が描かれた作品で、壮大な夕日と雲を眺めて、一つの階段を上る“おとこのこ”が、その後、あれだけ執着していたお兄ちゃんたちを忘れたように、満足そうに口笛を吹きながら、自分のペースでのんびりと帰宅する様子には、読んでてとても勇気をもらえる。
弟にとって「大きな」存在であるお兄ちゃんを、必死に追いかける“おとこのこ”は、「小さな」かたつむりに導かれ成長を遂げる。立場の違う三者を描き、誰かの背中を追いかけるだけでない魅力が世界にはあるよ、と個人の判断の大切さを伝えている絵本のように感じた。
また、かたつむりはのんびりと自分のスピードで暮らす象徴のようで、その姿の美しさと“おとこのこ”の変化は、せわしない現代社会にも通じるため、大人の読者にも響くと思う。
〈絵と文〉
最序盤のページで、公園で遊ぶ30人位の子どもたちが描かれている。ケンカしている二人がいたり、手投げの飛行機とカラスが対峙していたり、人気の滑り台が渋滞になっている様子がほほえましいが、このシーンは、その後の展開の巧みなほのめかしとなっている。
“おとこのこ”は、背丈を見ると公園の子どもたちとお兄ちゃんたちの中間ぐらいで、小さな子には馴染めずに、少し背伸びしてお兄ちゃんたちに交じって遊びたい心情が読み取れる。
また、水たまりがいくつも描かれていたり、多くの傘が散らばっていたりと、舞台は雨がやんだばかりと分かる。これはその後描かれる、動き出すかたつむりと夕日に照らされる美しい雲の理由付けとなっている。
絵は手書き風のタッチで、抒情的で素朴な印象を受ける。こういった描き方は割にノスタルジックな雰囲気になりがちだが、実際はかなり現代的な魅力があるイラストとなっている。
基本的には白黒、パートカラーが差し込まれている絵で、“おとこのこ”のヘルメットとかたつむりの殻が赤に塗られて印象的に描かれている。そのため遠い視点のイラストでも“おとこのこ”の目線で読めるし、ちょっと孤独が強調されるような切なさがある。
赤いヘルメットをかぶった“おとこのこ”は、赤い殻を持つかたつむりに導かれ、赤い夕日を見る。赤い丸が直線で結ばれるとき、イラストは色付く。
白黒のイラストが色づいていく展開はありがちだが、“おとこのこ”の「価値観が変わる」瞬間の心情がイラストに反映されているため、読んでて感情が高揚するような気分になる。
他にも“おとこのこ”の心情に合わせて、草がなびいたり、お兄ちゃんと別れた時に背景に描かれるカルガモの親子が離れたりと、イラストに示唆が含まれている。
〈キャラクター〉
特に好きな点として、“おとこのこ”が涙を流していないところがある。悲しみも怒りも、自然の美しさへの感動も丁寧に描かれた作品で、割と大粒の涙を描いて読者の感動を誘ってもよさそうなシーンであるし、そういう絵本も多いが“おとこのこ”は涙を見せない。
わかりやすく“泣ける絵本”とは一味違う、静かに心に響くしんみりとした良さがある。
“おとこのこ”はお兄ちゃんに見放され一人帰る中、石にぶつかり転んでしまう。嫌な出来事に加えて不運が重なり、また、年齢や体格の壁でどうしようもない歯がゆさで「みんな だいきらいだ!」と怒り、靴を投げる。
“みんな”には自分も含まれているだろう。「感情的になっちゃだめ」とか、「兄弟仲良くする」といった絵本っぽい道徳的メッセージとは異なる魅力がある絵本。
〈製本と出版〉
正方形の絵本。文字の大きさは少し小さめ。文字が手書きの箇所があるが、読みづらい部分はない。
【評点】
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