人と動物が暮らす完成された世界と、友達を思いやる気持ち『さかなくん』

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【データ】
・作品名: さかなくん
・作者: 著/しおたにまみこ
・出版社: 偕成社
・発売年月: 2022年5月
・出版形態: 紙の本
・ページ数(作品部分): 32ページ
・サイズ: 縦23cm × 横19cm
・絵と文の比率: おおよそ 8:2 1ページ当たりの文字数は100字ほど
・対象年齢: 小学校1年~
・カタカナの有無: あり
・漢字の有無: なし
・ルビの有無: ー
・分かち書きの有無: なし
・縦書き、横書き: 横書き

【作者】
しおたにまみこは千葉県生まれの絵本作家。他に『たまごのはなし』『やねうらべやのおばけ』がある。

【内容紹介】
小学生のさかなくん。水の外の小学校へ行くときは、ゴムのズボンを履いたり、ガラスのヘルメットをかぶったり、準備がいるけど、さかなくんは学校が好き。でも、体育は大嫌い。体育で走ってる最中、さかなくんは転んでしまう。あしびれが腫れてしまって、さかなくんはみんなより少し早く帰った。

【レビュー】
〈作品の主題〉
人と動物が入り交じる、完成された舞台が魅力的で、みんなとは少し違う、さかなくんを通して、友達を思いやる気持ちと、前向きな感情の移ろいが描かれている絵本。

〈ストーリー〉
さかなくんと学校の友達は、「さかなくん」や、「トカゲさん」、「にんげんくん」など総称で呼ばれている。給食の時間で、さかなくんは海藻を食べていて、きつねはきつね専用のミルクを飲んでいる。

さかなくんは、走るのが苦手で転んでしまう。涙を流しても、ガラスのヘルメットをかぶっているから、みんなに気づかれてはいないようだが、そんなさかなくんに、心優しい友達のトカゲさんとにんげんくんがローラースケートをプレゼントしてくれる。さかなくんが涙を流していることにふたりは気づいたのかもしれない。

みんなそれぞれに特徴があり、それがコンプレックスだったとしても、工夫や友達の優しさが、個性として前向きに捉え直すきっかけとなると、作品を読んで感じた。

一方で、擬人化した動物同士のやり取りを描いた絵本は多くあるし、動物特有の種や立場の違いを人の個性にたとえる描き方も、また、それを助け合いで乗り切る展開もありがちではある。
ただ、丁寧に細部まで描かれた想像力を掻き立てる絵と、軽妙な文章が非常に魅力的で、読んでてとても楽しい。
〈絵と文〉
絵は背景もキャラクターも細緻に魅力的に描かれている。どのシーンの絵も素晴らしいが、特にさかなくんの家が素敵に感じた。

さかなくんの家は縦長のドームのような形状をしている。敷地に入る門が高い位置と低い位置で二か所あり、入り口は上方にある。さかなくんの部屋は差し込む光と気泡が美しく描かれているが、一つの窓からは地層が見える。タイトルページに窓から外を見る、さかなくんの様子が描かれているため分かるが、さかなくんの部屋は一番下で、コンクリート壁をくり抜いた箇所が地層である。

背景を探偵のようにじっくりと探しながら読むのも楽しいし、さかなくんをはじめとした動物たちの可愛らしい表情や視線も丁寧に描かれている。

文章は読みやすく丁寧な言葉づかいで書かれているが、小さな工夫が心に残る。例えば、“だいたい がっこうが すき”という表現や、“むっすり”という言葉がある。
ほかの絵本ではあまり見ないような文章で、そのちょっとした違いが、作品の独特な雰囲気を形作っているように感じた。
〈キャラクター〉
擬人化した動物が暮らすフィクションの舞台を整える、様々な工夫が丁寧に描かれていて、物語とキャラクターの存在感をより強固にしている。

例えばキツネやシカ、ウマなどの動物は、動かせる指がなく鉛筆を持てないため、鉛筆を固定する特殊な器具を身に着けている。また、ネコも食事の際に腕を嵌められる輪のついた食器を使っている。ネコの持つカバンにもチャックを開けるために手を入れる輪がついている。

他にも保健室の馬の先生は胴長のため、机の高さの底上げをしていたり、ネコは耳が抜けるように穴が開いた帽子を持っていたりする。さかなくんの部屋には、胴体がはまるようにできた中央がくり抜かれた椅子があるし、また、クラスでは尾びれのあるさかなくんだけ丸椅子に座っている。

加えて、さかなくんは、水が底から抜けるように穴が開いたカバンを持っていたり、帽子のひもをビンの蓋の溝にかけていたり、トカゲさんの持つ袋には、トカゲの好物であるスイカのマークが書かれていたり……。
と、例を上げればきりがないほどに、この世界が本当に存在するかのような、様々な配慮というか、彼らが生活する上で成り立っていった、矛盾を感じさせない工夫が、当たり前のことのように描かれている。世界を覗き見しているような感覚で読めるのはとても面白いし、発見する楽しさがある。

一つの架空の世界をここまで隅々まで描いている絵本はなかなかないし、絵を眺めるだけでも没入し、世界に浸かるような魅力がある。

〈製本と出版〉
絵本の大きさは少し小さめ。文字の大きさはふつう。文字が背景の絵と重なり、読みづらい箇所が一部である。
癖のある明朝体で書かれていて、作品の雰囲気に合っているが、少し読みづらいため、ひらがなを覚えたばかりの読者は苦労するかもしれない。

【評点】


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